文化財の修復とは?

彫刻文化財の保存修復教育現場

 日本における彫刻文化財の大半は仏教彫刻です。その素材と制作技法は多様性に富んでいますが、とりわけ木造彫刻が圧倒的な割合を占めています。それは6世紀以降、朝鮮半島や中国大陸からもたらされたさまざまな彫刻技法(鋳造、乾漆造、塑造、石造など)が、長い年月のあいだに日本列島の風土と人びとの営みのなかで取捨選択、淘汰された結果なのです。

 このような歴史の風雪に耐えた彫刻文化財を保存し、後世に継承していくことは、現代を表現する創造活動にも匹敵する重要なしごとです。そこでは、制作技法の解明とその技術保存、そして人材育成は必要不可欠なことです。さらにそうした課題に取り組む中で、文化財保護に関するあたらしい方策も生まれてくると考えます。

 東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室では、狭義の修復技術の研究や技術者の育成にとどまらず、この風土のなかで生み出された文化財が、先人の心のよりどころであったことを常に念頭におきつつ、彼らが遺してくれた素晴らしい文化と造形に最大限の敬意を持って、"もの"と"わざ"と"こころ"を継承し後世に伝える努力を実践しています。

 現在、研究室では彫刻文化財の3Dレーザースキャニングを利用した調査研究を行い、造像技法の解明や人材育成のための教育への応用、さらには修復への活用などさまざまな取り組みを行なっています。

 在学生達は、修復の実際を経験するとともに、伝統的な木彫技法を中心に乾漆技法や古典塑造など、日本の伝統的な彫刻技法を習得しながら、模刻制作などそれぞれの研究課題に取り組んでいます。また、制作研究だけでなく、現場での体験も重視しており、年に数回、寺院や博物館などでの調査研究も行っています。

■作業風景

作業風景

■調査研究

調査研究

■修復研究

神奈川県鎌倉市 青蓮寺 愛染明王坐像 修復(鎌倉時代)
※当財団の助成を受け修復を行いました。
 本像は、大正12年(1923)の関東大震災で被害をうけ、以来各部材が解体状態で保管されていました。すでに失われていた部材も多く、詳細な調査、各部材の3D計測後、修復を行いました。

修復の様子1

<クリーニング>

修復の様子2

刷毛などを用いて、表面の汚れを除去し、精製水・エタノールの混合液でクリーニングを行います。木材の脆弱化が著しい場合は、樹脂で強化します。

<補作>

補作

欠失箇所の形状にあわせ、補作を行います。亡失していた獅子冠や持物も制作しました。補作箇所は、周囲と違和感のないよう漆や顔料などで古色を施し仕上げます。

修復後写真

■造像技法研究(修了制作)

<寄木造り>京都府 即成院 観音菩薩跪坐像 模刻制作

造像技法研究

  • (1) 製材・木寄せ
    檜材を用い、本像と同様になるように木取りを行った。本像は前方へ斜めに傾いているが、像底に三角材の有無を確認できなかったため体幹部の底を斜めに切ることでこれを再現した。各材に鉋をかけた後、それらの6面に等身大に出力した3Dデジタルデータ投影図を描きこんだ。
  • (2) 粗彫り
    描き込んだ図面の線まで鋸を入れ余分な箇所を落とし、鑿で大まかな形を彫っていった。
  • (3) 内刳り
    干割れ防止と軽量化のため、1寸4分の丸鑿で内刳りを施した。
  • (4) 正中線を境にすると、すべての材が左右に分かれる構造。
  • (5) 3Dデジタルデータによる本像の木寄せ図。寄木造りの中でも特に細かく材を寄せている。
  • (6) 完成写真

<一木造り>奈良県 室生寺 釈迦如来坐像 模刻制作

奈良県 室生寺 釈迦如来坐像 模刻制作

  • (1) 木寄せ
    本像の用材である榧は、現在では主に将棋盤や碁盤用に流通するだけで、彫刻に用いるほど大きな材は極めて少ないため、今回は頭体幹部を複数材はぎ合わせて一木に見立て、80%の縮尺で模刻を行うこととした。
  • (2)木取り
    木取りの段階では、計測した3Dデータ画像を木材の前後左右、それぞれの面に貼った。
  • (3) 粗彫り
    図面の輪郭線を目安にその外側まで鋸を入れる。鋸で切り落とせない部分は鑿を使って大きく形を彫り進める。一木造りでは全体の形のバランスを確認しながら作業を進めることができる。
  • (4) 背刳り
    木の乾燥による干割れを防ぐため、本像と同様に背面から内刳りを施し、内側から水分がぬけるのを待って別材で蓋をする。
  • (5) 小造り
    粗彫りで大体の形を追った後、小道具や彫刻刀を使って、より繊細な形を彫り出していく。
  • (6)完成写真

<乾漆技法>香川県 願興寺 聖観音菩薩坐像 模刻制作

奈良県 室生寺 釈迦如来坐像 模刻制作

  • (1) 塑像原型
    実際の像から、レーザー計測した3Dデータをもとに、貼り重ねる麻布の、おおよその厚みを削った形状の図面を作成した。
    その図面を参考に、塑像原型を制作した。原型は、まず塑像を行うための心木を組む。古典塑像に用いる荒土、中土を盛り、おおよその形をつくる。
  • (2)布着せ
    塑像原型が完成したら、麻布を数枚ほど糊漆で貼っていき、基礎となる乾漆素地をつくる。
  • (3) 掻き出し
    布を張り終えたら、背中と頭部に蓋をつくり、土を掻き出し、心木を取り出す。底からも土をすべて掻き出した。
  • (4) 心木挿入
    土を掻き出し終えたら心木を入れる。心木の構造は、東京文化財研究所にて一般公開されていた、X線写真を参考に制作した。
  • (5) 成形
    竹箆を用いて、木屎を盛り、細部をつくりこむ。更に、錆漆を併用して形の密度を上げていく
  • (6) 仕上げ
    砥石等を用いて表面を砥ぎ仕上げていく。今回の制作では、現状を模刻するため漆箔する前の工程まで行い、古色を施した。
  • (7) 完成写真
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